言葉とコミュニケーション

10月下旬、運営メンバーのいんこがあずと対談を行いました。
今回のイベントテーマの「こじらせ」には、「規範と逸脱」というテーマが関わっています。吃音者・帰国子女というそれぞれの立場から、「話し言葉の規範と逸脱」というテーマで、二人で話し合ってみました。
今回の記事では、主にあずが、バイリンガルの当事者と言う立場から、「話し言葉の種類の違いがコミュニケーションに与える影響」について語りました。
以下の記録は、当日にとったメモや記憶を元にいんこが文字お越しし、あずとの共同作業によって加筆・修正を加えたものです。

いんこ フランスにはどのくらいいたんですか?
あず  4歳~12歳までの、8年間です。
いんこ いわゆる、バイリンガルってやつですね。
あず  そうです。帰ってきたときには、小学6年生でした。漢字がむずかしくて、一応、ドリルとかで勉強はしていたんですが、小学2年生くらいまでの漢字しかわからなくて、帰国してからしばらくは、授業についていくのが大変でした。国語の授業も、最初は、「わからないまま、とりあえず、復唱する」みたいな感じで。中学3年生くらいになって、やっと、みんなと同じくらいに、文章を書いたり出来るようになったんです。
いんこ 僕、吃音の当事者研究をずっとやっているんですが、「話し言葉の種類によって、コミュニケーションが変化する」という問題にすごく関心があるんです。たとえば、僕は、日本語を話す時は吃音はあまり出ないのですが、英語を話す時は吃音がとても出ます。逆に、日本語だと吃るけれど、英語だとほぼ吃らないという体験を語る人もいますが。面白い人だと、フランスで英語を話す時には吃音がひどくでるけれど、南米で英語を話す時には、あまり吃らないという人もいました。
あず  面白いですね、それ。
いんこ 「話し言葉の種類によって、話す言葉の内容が変わる」という問題は、広い意味で、「規範と逸脱」という今回のイベントのテーマとも関係しているように思うんですね。バイリンガルの当事者という立場から、何か思うところは、ないですか。
あず  帰国してからしばらくは、「フランス訛りだよね」と言われました。自分では普通にしゃべっているつもりだったのですが、母親にも、「その発音は変じゃないの」とか、言われちゃうんです。4歳からフランスにいましたから、「母国語がフランス語」みたいな感じが強くて、帰ったときには、「母国語が日本語」という感覚がありませんでした。それで、日本語の発音が難しかったです。
日本語の発音って、少し特殊だと思うんですよ。たとえば、私、パソコンでキーボードを打つとき、少し混乱するんです。たとえば、「か」という言葉をパソコンで打つとき、正しくは、「KA」と打つじゃないですか。でも、フランス語だと、これ、「キャ」って読むんです。「カ」とは読まないんです。
いんこ おもしろいですね!元々は、「発音」という「話し言葉」の問題が、キーボード入力という「書き言葉」の場面で、違和感として表れるんですね。
あず  それから、私に妹がいます。名前は「かなこ」というんですが、フランスでは、「キャナコ」と呼ばれていました。妹は、フランスで生まれしたが、今はぜんぜん、フランス語はしゃべれないんです。ところが、少しだけ覚えていて、フランス語で「あなたの名前は?」と言われると、妹は、「キャナコ」と答えてしまうんですね。日本語で「あなたの名前は?」で聞かれると、ちゃんと「かなこ」と答えるのですが。使い分けが出来ていて、面白いんですよ。
いんこ すごく面白いですね。話し言葉の種類によって、本来変わらないはずの名前が変わってしまうのですね。
あず  自分の名前は一個なのに、国によって発音が違う、って考えてみると、面白いですよね。私には弟もいるんですが、弟の名前も、フランス語と日本語とでは発音が違います。「とものり」というのですが、「R」って、フランス語では、巻き舌になるんです。「とものり」の最後の「り」は、「RI」ですが、これ、日本語の「り」にはならないんですね。日本語の「り」に近い音は、フランス語では、「LI」になります。だから、弟も、フランスでの名前と、日本での名前が微妙に変わります。アルファベットの違いは大きいと思います。
いんこ 発音を左右するのは、主に構音器官の位置だと思いますが、もっと、身体全体の違いのようなものは感じますか?たとえば、僕、先々月、イギリスで演劇を見たのですが、その時、声を出す位置が、日本の俳優とイギリスの俳優とでは違うということに気がつきました。日本の新劇の俳優さんは、イギリスの役者さんよりも、低い位置から声を出しているんですよね。フランス語と日本語とを話すときとで、声を出す位置が変わる、というようなことはありませんか?
あず  それは、あまり意識したことが無いかもしれません。留学というのは、ずっと日本語をしゃべってきた人が、急に外国語をしゃべらなければならない、というような体験だと思います。だから、おそらく、話すことについてとても意識されると思うんです。でも、私にとっては、そういうのはあまりありません。日本なら日本語、フランスならフランス語が当たり前なんです。意識しないで、そのままちゃんと自分が変わってくれるんですよね。意識したことが無いだけで、もしかしたら、変化はあるのかもしれませんが。
いんこ なるほど。人格の変化とかはありますか?
あず  あ、あります。
いんこ どんな感じですか。
あず  まあ、今は変わってきているのかもしれませんし、小学生だったからと言うのもあるかもしれませんが、日本語で話す時は、初対面であまり自己開示しないんですよね。一方、フランス語で話すときは割りと何でも話すし、テンションとかも、裏表が無いなと思います。日本だと、はじめて会ったときの印象と、仲良くなった印象って、すごく変わる、ということがあるじゃないですか。フランスだと、最初から明るい子は明るいし、静かな子は静かだったりするので、そんなに、人の印象が、最初に会った時と、親しくなった後で変わることがほとんどないんですよね。文化の違いだと思います。
だから、それがすごくやりにくかったのを覚えています。小6とか中1の、割りとすごく元気な時期に、みんな、あまり自分のことを話さないし、表情とかにも出さないから、「みんなどう思っているんだろう」とか、「私の日本語が変なら、変って言ってくれればいいのに」と悩んでいました。言ってくれれば、もうちょっと生きやすかっただろうな、と思います。
帰国したての頃は、みんな、「フランスにいたからしょうがないよね」みたいな感じで気をつかってくれていたという面もありますが、変なところがあったら、はっきり言って欲しかったです。そのせいもあって、帰国してから2年間ぐらいは、友達に積極的に話しかけたりはしませんでした。
いんこ それ、すごく面白いですね。それこそ、恋愛にもすごく影響しそうな問題のような気がします。仲良くなるには、いかにして関係を縮めるか、という「接近の技術」が必要じゃないですか。単純にはいえませんが、日本人の方が、フランス人よりも、恋愛するために必要な技術が高度な気がします。
あず  日本だと、「こういう風に言ったらどう思われるか」みたいなことを、すごく考えるじゃないですか。「なんでそんなこと考えるの?直球で行けば良いじゃん」って私は思います。
いんこ 話し言葉の種類によって、相手との距離感が変わったり、そのことで生じる問題については、吃音者が抱える生きづらさとも近いものがありそうです。
あず これまで、あんまり、自分が帰国子女だという利点とか、大変だったこととかを、使う場面があまり無かったんですが、でも、今日お話してみて、とても面白かったです。
いんこ 掘り起こしたら、あずさんの中に、宝がたくさん埋まっているような気がします。今度、ぜひ、一緒に当事者研究してみたいです。

 

明日も同じ二人による、「話し言葉の規範と逸脱」についての対談です。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中